ひとりひとりの生徒と向き合う個別指導の実績がある受験舎の先生たちが、子供たちのモチベーションをアップ させるノウハウや、やる気にさせる言葉を親御さんたちへレクチャーします。

其の29 日本語が「やばい!」

この記事の先生

鈴木 克美 先生

» 講師紹介はこちら

 先日テレビでこんな1シーンを見ました。それは、若い有名タレントが今までテレビなどの取材をいっさい受け付けなかったとあるお店にアポなしで取材交渉をして撮影させてもらうという企画でした。

 実際に行ってみると、やはり取材はお断りだったのですが、その店主がたまたまそのタレントの友達と知り合いだったために「あなただから特別に・・・」ということで初のテレビ撮影が許可になりました。

 そしてそこは飲食店だったため、食リポの様子もオンエアーされていました。わたしがその番組を見ていてとても興味を持ったのは、そのタレントが一口目を口にした後に言った“コメント“ではなく、そのコメントに対してその店主の方がおっしゃった”言葉“です。

 そのタレントは今どきの流行り言葉で「やばい!」と言いました。

 一昔前ならいざ知らず、この「やばい」と言う言葉のもつ意味は本来の姿から大きく離れて新しい意味を持つ言葉になっていることは大概の方がご存知のことでしょう。

 しかし、その店主ははっきりとした口調で「言葉は正確に使おうよ」と、また「言葉には言霊が宿ると言われるくらいだから」ともおしゃいました。わたしは、このシーンを見て、なにか胸がとてもスッキリする思いになりました。

 皆さんはどう思われますか?

 たしかに、最近の若者は何かにつけて「やばい」を連発します。そもそもこの「やばい」と言う言葉は古く江戸時代から使われてきたと言われています。

 もちろんその意味は“否定的な意味”で、それが1990年代頃から若者たちの間で、一転“肯定的な意味”でも使われるようになり、現代に至ってはあるうどんチェーン店のテレビCMでうどんを食べながらタレントが「やばい」を連発し、さらにそれぞれの「やばい」にそれぞれの意味があるといった解説までつき、それが若者にうけるといったことが起こっています。

 その他、最近使われている言葉でわたしが気になっているのは「ぜんぜん」という言葉の使い方と「すごい」と「すごく」の使い方の変化です。

 例えば最近では「ぜんぜん」を「ぜんぜん大丈夫」と使ったりします。しかし、「ぜんぜん」の正しい使い方は「ぜんぜん・・・ない」で、本来なら後には否定的な言葉が続きます。

 また「すごい」は形容詞ですので名詞の前に付くべきなのですが「すごいうれしい」などと副詞的使い方をしている場面を多々見かけます。本当ならば「すごいうれしい」ではなく「すごくうれしい」となるのが正しい使い方です。

 しかし、かく言う私もさすがに「やばい」は使いませんが、「超・・・」や「すごい・・・」「ぜんぜん・・・」などを無意識のうちに使っていることがあり言った後自分で“どきっ”とすることがあります。

 実際、言葉というものは太古の昔からまったく変わらずに今に至っているはずもなく、時代と共に変化し続けるものだと思います。

 ですから、今若者の間で流行っている言葉も時代が築いたひとつの文化だと思えば納得できます。

 ただひとつだけ、それを認めるためには“正しい日本語を場面場面に応じてきちんと使い分けることができる”ということが最低条件になるのではないでしょうか。

 テレビなどを見ていると正確な言葉を話すべきアナウンサーまでもがそういった言葉をうっかり使っている場面を見ると、とても心配になってきます。

 子供たちの作文などを見ても正しい日本語表現が年々怪しくなってきているのも事実です。

 言葉とは、使い方一つで人の命を救うこともありますが、一歩間違えると人の命を奪う要素も持ち合わせています。それくらい言葉には(“言霊”ではありませんが)、ひとつひとつに魂がこめられていると私は思います。

 私自身も振り返ってみると幼い頃、たった一言に深く傷つき、そしてまた、たった一言で人生が変わったという経験を持っています。

 一度私の人生を変えてくれた友人にそのことを聞いたことがありますが、本人はそんなことを言ったことすら覚えていませんでした。

 人は他人に言われたことは意外に覚えているものですが、他人に言ったことは案外覚えていないものなのかもしれませんね。

 だからこそ、日本の未来を託す若者には“言葉の怖さ”と“言葉の大切さ”この両面を忘れずにいて欲しいものです。

 そして、正しい日本語・日本語の美しさをきちんと身につけながら、おおいに“言葉遊び”を楽しんでもらいたいと思います。