2018年合格者インタビュー02(内野 瞭くん)

秋田大学 理工学部 合格
宇都宮短期大学附属高校卒 内野 瞭くん
高校入試を通して学んだこと

受験舎
内野君、まずは合格おめでとうございます。
内野
ありがとうございます。
受験舎
それでは、まずは小中学校時代の勉強についてお伺いします。
内野
自分は、中学生のころはほとんどやってなかったと思います。
宿題は一応やっていましたが、それ以外何か自主的にやったということはなくて、部活でサッカーをずっとやっていましたね。
引退してから、確か夏休みの中盤あたりからだと思うんですが、だんだんとギアを上げて受験に本気になっていったと思います。
受験舎
部活をずっとやってきた中で受験に役に立ったなと思うことは?
内野
部活で培われた、いわゆる「根性」は役に立ったかなと思っています。
受験舎
高校受験の最後の部分はやはり根性で乗り切った・・と。なるほど。
内野君は中学部から通ってきてくれていましたが、どのタイミングで入塾した?
内野
多分3年生になってすぐ位に受験舎に入りましたね。

英語と数学を教わっていました。

受験舎
受験勉強を中学部で行ってきたわけですが、中学部で印象に残っていることはなにかある?
内野
先生たちととにかく雑談をしていたのを覚えていますね。
勉強よりもそっちが印象に残っています。とにかく楽しく塾に通えていました。

あと、自習によく来ていましたね。
自分は家ではなかなか集中して勉強できなかったので、自習室の存在はありがたかったです。

受験舎
なるほど。

では、大学受験を終えた現在の自分から見て高校受験をしていた頃の自分についてはどんなふうだったと思う?

内野
なんだか、出されたものを考えなしにやっていたような感じがしますね。
それで目に見えて成績が伸びていたような気になっていて、調子に乗ってしまっていたと思います。
自分はすごく勉強していたって思っていましたけど、実はどうだったのかと今になって考えます。
時間だけを見ればやっていたことにはなると思いますけど、効率とかは度外視していたんでしょうね。
大学受験の時は休み時間に単語帳とかを見ていたので、そういう面では昔よりは効率とかを考えて出来ていたと思います。
昔は本当に「言われたことをただやっていた」という受動的な勉強でしたね。
受験舎
大学受験にあたって、その辺りの経験を活かして上手く修正することができた?
内野
そうですね。意識的だったかどうかはわからないですけど、できたんじゃないかと思います。
結構、考えてやるようにはなっていましたね。
受験舎
県立高校の入試については、残念ながら不合格という結果になってしまった訳ですけれども、その結果が3年後の大学受験に対してどんな影響を与えたと思いますか。
内野
落ちて悔しかったと言うのがまず1つありましたね。
親にも、「次は国立に絶対合格するから」って宣言していましたし、そういう面で他の同学年の生徒よりも先を見ることができていたとは感じます。けど、一番大きかったのは宇短附に入学して、自分と同じように落ちてしまった人が周りにいっぱいいたことですかね。同級生に共感できるものがあって、それが自分に上手く作用してくれたと思います。
少なくとも1年生のうちは(笑)。

高校1・2年生の自分について思うこと

受験舎
高校受験で失敗してしまったことに対して何か反省点みたいなものはあった?
内野
今思えば、「単純に勉強量が足りなかったのかな」と単純に割り切って反省はあまりしていなかったかもしれません。
でも、中学校のころは1,2年生のころ何もやってなかったというのがあって、そこが問題だったのかな、とは思っていました。
だから部活には入らないで予習復習に力を入れてやっていました。
特に英語については、復習はさっとすませて、予習に時間をかけていました。先生が怖かったのもありましたけど。
1年生のころはそんな感じで頑張っていましたね。
受験舎
それは成績には反映されていた?
内野
割と周りのみんなも頑張っていたクラスだったので、クラス内の順位は普通でした。
ただ、クラスの平均点が高かったので、そこで真ん中の順位にいられたのは良かったと思います。
受験舎
先程から「1年生のころは」というワードが何回か出てきていますが、2年生になったら調子を崩してしまった?
内野
なんだか、1年生のころの勢いが無くなってしまったんですよね。春休みで友達と遊んだりして。
受験舎
何で勢いが無くなったの?
内野
単純に友達と遊ぶのが楽しかったんです。その時期になると最低限のことしかやらなくなってしまって。
「結構成績もいいし」みたいに思って油断してしまって。
2年の時は全体で半分くらいの順位まで落ちてしまったと思います。
それでも、理系の中で見ると3分の1くらいの順位は確保できていましたけれども。
受験舎
どのあたりで危機感を感じるようになったの?何かきっかけは?
内野
友達が、急に本気で勉強をやるようになったことですかね。
結構仲の良かった友達がいきなり、「俺、今日からゲームやめるわ。」って言ったんですよ。
休み時間とか時間があるとスマホでゲームをやっていたのが、突然やらなくなって英単語帳を見るようになって。
それを見てちょっとまずいかなと思うようになりました。
次のテストでその彼の英語の成績があり得ないほど上がって、本気で自分もまずいな、と危機感を持つようになりました。
それは、2年生の終わりのころだったと思います。
それで受験舎高校部の春期講習に申し込みました。
受験舎
一度は自分で勉強を進めていたわけですけど、また受験舎に戻ってこようと思ったきっかけは?
内野
一番大きいのが、中学校の時にすごく成績を上げてもらったという印象があったことですね。
だから、ほかの塾はあまり考えてなかったです。
100点伸ばしてもらったという印象がとても強かったんですよ。
受験舎
それは、下野模試の話?
内野
はい。250点くらいしか取れていなかったのが、350点からいい時で370点くらいとれるようになって。
それですごく成績を伸ばしてもらったという意識があったんです。
だから塾に行くとなったとき、ほかはあまり考えませんでした。
受験舎
3年生になって、2年生でさぼってしまった分を取り戻さなければならなかったわけですが、その時にやはり苦労はしましたか?
内野
2年生の時にあまり勉強しなかったせいで、1年生の内容が抜けてしまって。
それを取り戻すのには苦労しました。数学とか物理とかは1年生で習った内容が前提になっているじゃないですか。
それもあって、全体的に分からないところが増えてしまいましたね。
もっとマジメに勉強しておけばよかったと後悔しました。
受験舎
では、英語についてはどうでしたか。
内野
英単語を覚える作業をほとんどやっていなかったんですよ。
だから、入試で必要な単語を1年で詰め込まなければいけなくて、それは本当に大変でした。
文法もかなり抜けてしまっていたので、1年の内容から復習をしなければいけなかったことにもだいぶ苦労しました。

受験期に考えたこと

受験舎
入試についてですが、センター試験、私立入試、国立の二次試験とありましたが、その中で印象に残っていることはありますか?
内野
センター試験の時は、あまり緊張していなかったんですよ。
英語や国語があまりできていなかったという感覚はあったんですけど、なぜか「なんとかなるんじゃないか」と考えていました。
そんな風に危機感が足りていなかったんですよね。だから数Ⅰ・Aじゃなくて数Ⅰの問題を途中まで解いてしまう、というミスをやらかしてしまったのだと思います。
なんだか、緊張感がないことをプラスにとらえていたんですよね。
それが結果が全然振るわなかった原因ではないかと今は思っています。
受験舎
センター試験で失敗してしまったわけですけれども、そこから国立大学の二次試験に向けてどのように切り替えていきましたか?
内野
とりあえず、やらなきゃ仕方がないという気持ちが大きかったですかね。
塾で秋田大学のb方式(2次試験の割合が高い入試方式)のこと教えてくれたじゃないですか。
それで「まだなんとかなる」と思うようになれたのは大きかったです。
体調不良で2月上旬の私立入試に失敗していたこともあって、「もう後がない」って追い詰められたこともプラスに働いたのかなとは思います。
受験舎
国立大学の二次試験の時はどうだったの?
内野
センター試験のこと思い出して、結構怖かったんですよね。
過去問とか解いてもいまひとつ出来ている気がしなくて。
けど、本番はすごく問題が解けたんですよ。多分、周りのどの受験生よりも早く問題を解き終わっていたと思います。
わからない問題が2問あったんですけど、これはもう部分点が取れればいい問題だと思って、他の問題の見直しに時間を使っていました。
いったい何が起きてしまったのか(笑)。
受験舎
いや、それは今までの積み重ねが結果になってるんでしょ(笑)。
内野
いや、でも過去問を解いた時は、かなり駄目だったんですよ。そもそも考え方が根本から違っていて、大問の(1)はあっているのに(2)から先が全部間違っているとか普通にありましたから。
受験舎
過去問を勉強していて、正解が少なかった時って、どんな風に対応をしていました?
内野
塾だけじゃなくて学校の自習室もよく使っていたんですよ。そこで学校の先生にもよく質問していたんです。
先生に気に入っていただいていたみたいで、1時間に1回くらい様子を見に来てくれる先生が2人いました。
だから2月は、昼間学校で勉強して、そのあと塾に来るという生活を続けていました。
今思うと、いろいろな人に支えられていたなぁ、と思います。
受験舎
ほかに何か印象に残っていることは?
内野
秋田大の試験前、会場にずいぶん詰襟を着ている受験生が多いというのを覚えていますね。
あと、スーツを着ている受験生とかもいて、みんな頭が良さそうに見えて怖かったのもよく覚えていますね。
周りを気にしちゃいけないっていうのはわかっていたんですけど、どうしても気にしちゃって。
それで気を紛らわすために、シャーペンを、全部芯を抜いた状態で持っていって試験会場で入れていました。
思い付きで初めてやったことだったんですけど、割と効果はありました。
あとは鉛筆を削ったりもしていましたね。
教科書とか参考書を読んだりはしなかったですね。
受験舎
それは何で?
内野
それを読んでしまって、わからないところやあいまいなところが出てきたらどうしようかと思ったんです。
二次試験は物理と数学だったので、見ても仕方がないというのもありました。
入試科目に英語があったら単語でも見ていたと思うんですけど。
受験舎
国立大学の後に受けた私立の後期試験はどうだったの?
内野
正直、そっちのほうができなかったと思います。
英語をやるのが久しぶりだったので、英単語がかなり抜け落ちていましたね。
数学と物理で何とかして、英語は半分とれればいいやと思って試験を受けました。
こっちも、今考えると何で受かったんですかね(笑)。
受験舎
秋田大学のほうが受かっているという自信はあったわけだ。
内野
そうですね。でも、センター試験で失敗しているので、あまり期待しすぎないで、とりあえず一つ一つ目の前の私立を受けていこうとは思っていました。
とりあえず、もう後がなかったですから。
受験舎
合格発表の時はどんな感じだった?
内野
秋田大学と東京電機大学が同じ日だったんですよ。
秋田大学から確認しようとしたら、アクセスが集中していて合格発表のページが閲覧できなくなっていたんですね。
それで仕方がないから東京電機大学のほうを確認しようとしたら、こっちも閲覧できなくて(笑)。
10分くらい格闘していたら、見るに見かねて母親も手伝ってくれて、結果母親から合格の知らせを聞きました。
受験舎
その時の心境は?
内野
なんか、もう喜んだとかそんなもんじゃなかったですね。
自分の人生の中で一番心から喜んだと思います。なにせずっとE判定でしたから。やっぱり諦めないのが大前提なんだと痛感しました。
自分の努力が報われたと分かったあの瞬間の喜びは何物にも代えがたいですね。
これからのこと

受験舎
それでは、話題を変えまして。
「受験を漢字一文字で表すと」という質問に対して「自」と答えてくれましたが、それはなぜ?
内野
勉強って、そもそも自分がやりたいと思わなければできない行為だと思うんですよ。
嫌々やらされても意味がない、自分から始める行為。だから自分が問われる。
自分から勉強するから、両親や先生も手伝ってくれるんですよね。自分からやらない人をだれも手伝おうとは思わないじゃないですか。
ですから、受験勉強って、これまで生きてきた自分の力を確かめられる機会だと思うんですよね。
受験舎
なるほど。よくわかりました。それでは、大学に入ってからやりたいことは何かありますか。
内野
機械、特にロボットの素材に関わるような勉強ができればいいなと思っています。
ちょっと打算的な話になってしまうんですけど、材料とかって根本的な部分だから将来的な機械での自動化が難しい産業だと思うんですよね。
もともとガンダムやマクロスが好きだった、というのも大きいですけどね(笑)。
受験舎
大学で勉強以外にやってみたいことは?
内野
やっぱりアルバイトはやってみたいです。
後は、英語です。ずっと受験英語をやってきたわけじゃないですか。
だから、実用英語にも目を向けてみたいなという気持ちがあります。
秋田大学が実用英語についてはだいぶサポートしてくれるという話で、TOEICの受験とかも面倒を見てくれるみたいです。
それに、大学には海外の留学生もいて、その人たちと話せる機会も多く作ってくれるみたいなので、どんどん挑戦していきたいですね。
受験舎
ありがとうございました。
大学に行ってからも、色々な事に挑戦していってください。